「桑名城の天守台跡」と聞いて、どんな場所を想像しますか?
立派な天守閣がそびえ立つ城跡? それとも歴史的な建造物が並ぶ観光名所?
実際に訪れてみると、そこにはちょっと意外な光景が広がっています。
城跡の中でも少し珍しい特徴を持ち、かつて「戦国最強」と称されたあの有名武将によって築かれたこの城には、今でもその名残がはっきりと残っていました。
本記事では桑名城天守台跡の現状やその歴史、ただの城跡とは一味違う「この場所ならではの魅力」を紹介します。
実際に桑名を初めて訪れた筆者が「旅行記」としてお伝えするので、旅行や出張、観光などで桑名を訪れる際の参考になると思います。
桑名城の天守台跡ってどんな感じ?(まずは現地の様子)
桑名城の天守台跡とは?
桑名城の天守台跡は、かつて桑名城の天守閣が建っていた場所です。現在は天守閣の姿はなく石組みだけが残る状態となっています。


城跡巡りに慣れた人であれば、ここに天守がそびえていた様子を想像できるかもしれません。しかし予備知識なしに訪れても、ただの小高い石組みの遺構に見えてしまうでしょう。
天守台跡の上には、戊辰の役で犠牲となった桑名藩士を弔う「戊辰殉難招魂碑」が建立されています。


天守台跡の現状
桑名城の天守閣は1701年の大火で焼失し、以降は再建されることなく明治時代の廃城令を迎えています。
私がここを訪れたのは2025年1月末ですが、現在天守台跡の石組みには「崩落の危険があるため立ち入り禁止」との注意書きが掲示されています。
つまり現在は天守台跡に登ることはできなくなっており、おそらく今後も修復されることはなく、このまま保存される形になると思われます。

桑名城の歴史
桑名城を現在の位置に築城したのは徳川四天王の一人、本多忠勝と言われています。この地は揖斐川に面しており、桑名城は外堀と川の流れが一体化した水城として設計されました。


現在、天守台跡に残る石組みは昭和53年(1978年)に実施された「樂翁公没後150年記念大祭協賛事業」の一環として整備されたもので、その際に巨石を追加して補修したと現地に案内があります。
はて、「樂翁公(らくおうこう)」ってどこの爺さんだよ?
全くもって観光客に不親切な案内表示です。仕方ないので調べてみました。

するとビックリ!なんと「寛政の改革」で知られる松平定信とのこと。「あれ?でも松平定信って白河藩主じゃなかったっけ?」と思いましたが、後年に桑名藩へ転封されていたようです。
そして、ここで個人的に感慨深いポイントがひとつ。私は完全な田沼意次推しなのですが、まさかこんな所で田沼意次の最大のライバル・松平定信に出会うとは……。

田沼意次と松平定信は、江戸幕府の政策を大きく分けた関係です。商業を重視し経済政策を推進した田沼に対し、倹約を掲げた松平は田沼を批判し、寛政の改革を実施。田沼時代の自由な経済発展を否定し、幕府の引き締めを図りました。
この二人の政治的な対立については、こちらの記事で詳しく解説しています。

桑名城天守台跡のアクセスと見どころ
桑名城天守台跡は九華公園内に位置し、桑名駅から徒歩約25分ほどでアクセス可能です。しかし公園内には天守台跡を示す案内表示が無く、私は公園内をグルグルと迷ってしまいました。
なお、天守台跡は鎭國守國神社の社殿右奥に位置しているため、この記事の読者さんは神社を目印(地図)に進めば迷わず辿り着けると思います。


桑名城跡(九華公園)には天守閣が現存しているわけではなく、規模もそれほど大きくないため、城巡りに慣れている方はやや物足りなさを感じるかもしれません。
そのため、城跡の雰囲気を味わうよりも「かつてこの地に城があった歴史を偲ぶ」という視点で訪れると、より楽しめると思います。
そもそも桑名ってどんな街?
桑名市は三重県の北部に位置し、名古屋から電車で約30分ほどの距離にある街です。
揖斐川沿いに築かれた水城・桑名城の城下町として、また江戸時代には東海道五十三次の宿場町としても栄え、現在もその名残から駅周辺には歴史ある神社仏閣やアツい街並みが点在しています。





とはいえ、正直なところ観光地として派手な賑わいがあるわけではなく、桑名駅周辺を歩いても「特に見るものがない地味な街」に見えてしまうかもしれません。
しかし視点を変えると、戦国最強の武将・本多忠勝が築いた桑名城跡や、今も残る宿場町の面影など、歴史好きにはグッと来る興味深いスポットが点在しています。


いやでも、「水城」ってのがイイですよね。(個人的な趣味です)
今回は出張のついでに、そんな桑名の歴史と雰囲気を楽しんできました。

名古屋から桑名へ
名古屋から桑名へ向かうには近鉄線の利用が便利です。JR関西本線という選択肢もありますが本数が少なく、移動のスムーズさを考えると近鉄線の方が圧倒的に優れています。
私は東京を14時過ぎの新幹線で出発し、名古屋で乗り換え。時間を優先して近鉄特急「伊勢志摩ライナー(特急券520円)」を利用しました。これなら名古屋から桑名まで僅か1駅(20分ほど)です。


特に冬場は日没が早く、暗くなってしまっては観光どころではありません。
なんとしても陽のあるうちに桑名城天守台跡を訪れたいところ。時間を有効活用するためにも、ここは奮発して特急券を買いましょう。
桑名へ向かう途中、近鉄線の車窓には庄内川や木曽川などの美味そうな(訂正:大きな)川が次々と現れます。


特に佐屋川(日光川の旧流路)が三日月湖として残る箇所の真上を鉄橋で越えるポイントは、沼マニアとしてはたまらん光景。
思わず小学生ばりに車窓に張り付いてしまいました。(なので写真がありません…)
そして列車は伊勢湾へと注ぐ雄大な長良川と揖斐川を越え、大きく左にカーブしながら桑名の街へ滑り込んで行きます。まったく、大人気もなく大興奮の20分でした。


荷物は駅に預けてすぐに桑名観光
桑名駅へ到着したら、まずは荷物を預けて観光の準備を整えます。時間が限られている場合や、宿泊予定のホテルが桑名城とは逆方向にある場合は、駅のコインロッカーを利用するのが便利です。
桑名駅のコインロッカーは近鉄線の改札を出てすぐ左手です。また改札を出て右側にあるファミリーマート前にも設置されているため、スタートダッシュがキメやすい位置にあります。


ただし支払いは現金のみで交通系ICカードは使用できません。そのため、事前に小銭を用意しておくことをおすすめします。私も手持ちの小銭がなく、自販機で小銭を作る羽目になりました。
無事に荷物を預けたら、すぐに桑名城に向けて出発します。桑名城(九華公園)までは徒歩で約25分ほど。少し距離がありますが、見慣れぬ街を歩くのも悪くありません。


戦国最強の武将へまずは挨拶を(浄土寺)
桑名城へ向かう途中、歴史好きならぜひ立ち寄りたいのが本多忠勝公のお墓です。
袖野山 西岸院 浄土寺(地図)。桑名城へと続く八間通りから少し北側へ入った住宅街にあるこのお寺には、あの本多忠勝公が静かに眠るお墓があります。
お寺自体は飾り気のない町中の静かなお寺といった趣き。そんなお寺の墓地の一角にひときわ大きな墓石がありますが、それが忠勝公のものです。



周囲の墓と並んで佇んでいる姿は、豪勇無双の武将として名を馳せた忠勝公が今も桑名の街を見守り、そして桑名の人々と共に過ごしているようにも感じられます。
戦国最強と称された本多忠勝。憧れた人も多いはずです。五月人形の兜が忠勝仕様だった人も多いのではないでしょうか?

桑名はそんな忠勝公が築いた城下町。桑名城跡へ向かう前に、まずは忠勝公に挨拶をするのも歴史好きにとっては良い旅のスタートになるはずです。
と、ここまで読んで、「あれ?でも本多忠勝の居城って大多喜城(千葉県)じゃね?」と疑問に思った方もいるかもしれません。実は私も同じです。

本多忠勝は徳川家康が関東に移封された際、大多喜城(千葉県)を与えられました。その後も本多家がしばらくは大多喜藩主を務めたため、本多忠勝=大多喜城のイメージが強くなっています。
しかし関ヶ原の戦い後、本多忠勝は戦功により更に桑名10万石を加増され、忠勝自身は桑名へ引っ越してしまいます。そして、そのまま桑名で生涯を終えたのです。

揖斐川に望む水城を歩く(九華公園)
桑名城は揖斐川の畔に築かれた「水城」であり、Googleマップで見ると現在でも三重(さんじゅう・みえではない)の水堀がくっきりと確認できます。
戦国最強の武将・本多忠勝が築いたこの城は、東海道の要衝として徳川家康にとっても極めて重要な拠点でした。(知らんけど)

ちなみに揖斐川に面する桑名だからこその、ドラマテックな話があったりします。
本多忠勝の孫、本多忠刻(ただとき)は超絶イケメンだったとか。そんな彼に一目惚れ♡しちゃった、これまた超有名な姫様がいたんです。あの千姫(豊臣秀頼の正室・徳川家康の孫)です。
そう、この本多忠刻と千姫のラブロマンスが桑名の街に残っています。

大阪夏の陣の後、千姫は江戸へ向かう道中、桑名で「七里の渡し(揖斐川の渡し船)」を渡る船上で忠刻を見かけ一目惚れ。それがきっかけとなり、二人は翌年に結婚しています。
戦乱の時代を生き抜いた姫と名将の孫との縁を結んだのは、まさに桑名の水運が生んだロマンテックな出会いだったのかもしれません。

本題に戻ります。
現在、桑名城跡は「九華公園」として整備されており、城の遺構はほとんど残っていませんが、当時の城郭や広大な水堀の雰囲気を十分に感じることができます。




園内は迷路のような縄張りになっており、実際に歩いてみると分かりますが、方向感覚を失います。これは意図的に敵の侵入を阻む構造なのかもしれません。
しかも当時の桑名城には51基の櫓と46基の多聞(射撃口を備えた長屋)があり、何重にも張り巡らされた水堀と、背後に広がる揖斐川が天然の防壁となっていました。



そして何より、この城を守るのはあの本多忠勝です。
これでは攻め落とすことなど到底不可能だったでしょう。
ここは決して派手な観光地ではありませんが、城跡としての趣は非常に深く、歴史好きにはグッと来るスポットでした。


名物ハマグリの絶品うどん(麺処餃子川市)
その手は桑名の焼き蛤。
桑名といえば、やはりハマグリです。全国的な知名度こそ高くはないものの、地元では伊勢湾で獲れた新鮮なハマグリを使った料理が豊富に楽しめます。


今回は新幹線の中でリサーチしていた桑名城近くの味噌煮込みうどん店「麺処餃子川市(地図)」に立ち寄り、「はまぐり鍋うどん」を頂くことにしました。
味付けは「すまし」と「味噌」の2種類から選べるのですが、店員さんによると「ハマグリの出汁をしっかり味わうなら断然すましです!」とのことで、迷わず「すまし」を選択。


運ばれてきたうどんは、グツグツと湯気を立てながら登場。大ぶりのハマグリがゴロゴロと入っていて、見た目の満足感も抜群です。
まずは出汁を一口。
ハマグリの旨味が凝縮され、これだけでも満足して東京へ帰ってしまいそうなほどの美味しさです。そして、ぷりぷりとしたハマグリの身は甘みが強く、食感も最高。



ぷりぷり系のハマグリに対して、グツグツと湯気を立て続けるうどんは強烈なコシのワシワシ系。掴む箸をへし折ろうとしてくるレベルです。


この熱々ツンデレペアにやられた胃袋に「トリアエズナマ」を流し込むと、夕暮れの桑名城を歩いた余韻と相まって、じんわりと心が満たされていきます。


そして最後は、旨味たっぷりの出汁までしっかり飲み干して完食。伊勢湾を飲み干してやったかのような優越感に浸れ、大満足の一杯でした。
幻想的な夜の宿場町をほろ酔い散策(桑名宗社)
名物のハマグリを堪能し終える頃には、すっかり日が落ちていました。
酔い覚ましを兼ねて桑名駅方面へ向かいながら、夜の桑名を散策することに。宿場町として栄えたこの街は今でも昔の面影を色濃く残しており、夜の雰囲気がとても魅力的です。

特に印象的だったのは桑名宗社(春日神社)(地図)。ここは夜でも提灯の明かりが煌々と灯され、境内は幻想的にライトアップされていました。(公式HP)



まるで和風イルミネーションのような美しさで、神秘的な雰囲気を醸し出しています。
社務所はすでに閉まっていましたが参拝をすることはでき、夜の桑名散策の満足度を一層高めてくれました。




夜の桑名は歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気があり、歩いているだけでも心地よく感じられます。暗い道もありますが、宿場町らしいアツい風情が漂います。
観光の締めくくりとして、ゆったりと夜の桑名を歩いてみるのもおすすめです。





居酒屋で三重グルメを堪能(蛤将軍桑名本店)
さて。ホテルにチェックインしましたが、まだまだ呑み足りません。
という訳で「独り二次会」の敢行を決定。再び夜の桑名へ繰り出すことにします。


せっかく桑名に来たのなら、三重グルメをまるっと楽しみたいですよね。
ということで、桑名駅ロータリー正面の居酒屋「蛤将軍 桑名本店(地図)」に入店しました。
ここは三重の食材を使った料理が豊富に揃っています。(公式HP)


まず注文したのは「桜ポークのよだれ豚」。
三重県産の三元豚に伊勢ネギが添えられた一品で、脂の甘みとさっぱりした水菜の組み合わせが絶品でした。


次に「三重県産メヒカリの唐揚げ」を注文。
深海魚ならではの甘みと香ばしさが際立ち、シシャモに近い味ながらもより濃厚な味わいで完全な上位互換。サクッとした衣とジューシーな身で、ハイボールがグングン進みます。


そして三重といえばやはり「松阪牛」ですよね。今夜は豪遊なので「松阪牛の炙りユッケ」を注文しました。軽く炙られたことで香ばしさが増し、濃厚な脂の甘みが楽しめます。
量は少なめですが、じっくり味わうことで満足感は十分。三重の地酒(伊勢物語)とともに堪能し、大満足の夜となりました。



まとめ
桑名城の天守台跡はかつての天守閣が存在した場所ですが、現在は石垣のみが残る静かな史跡となっています。そのため事前知識なしに訪れると「うわー地味。。」と感じるかもしれません。
とはいえ、桑名城は揖斐川と一体化した水城としての構造が特徴的で、その地形や縄張りを意識しながら歩くと「守りの堅牢さ」が実感できます。
さらに桑名の町には本多忠勝公の面影や宿場町の街並み、名物のハマグリ料理など、派手さはないものの歴史好きにはグッとくるポイントが点在しています。


私も今回の桑名散策は、思った以上に充実した時間となりました。
仕事の合間にちょっとした歴史探訪を楽しみたい方や、静かな城跡巡りを好む方には、桑名城天守台跡は十分に訪れる価値のある場所だと感じます。
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